

はじめに
日本では正当防衛は合法ですが、その行使には厳しい制限があります。法律は市民が自分や他人を危険から守ることを認めていますが、それはあくまで 即時性・必要性・均衡性(比例性) がある場合に限られます。もしこれを超えてしまえば、恐怖心からの行動であっても刑事責任を問われる可能性があります。したがって、日本の正当防衛と護身術を理解することは、街中での護身、家庭内への侵入者の対応、あるいは他人を助ける場合も、日本に住む人にとって非常に重要です。
(※本記事は教育的な目的のものであり、法的助言を代替するものではありません。具体的な事案については弁護士にご相談ください。)
1. 知っておくべき基本となる法律
刑法36条 – 正当防衛 差し迫った不正な攻撃から自分や他人を守るために必要な行為は処罰されません。ただし、必要な範囲を超えた場合は「過剰防衛」となり、刑が軽減または免除されることがあります。
刑法37条 – 緊急避難 現在の危険を避けるための行為は認められますが、防ぐべき害より大きな害を与えてはなりません。
刑法35条 – 正当行為. 法律に基づく行為や正当な業務(例:警備業務)は処罰されません。
刑事訴訟法213~214条 – 現行犯逮捕 誰でも「現行犯」を逮捕できますが、すぐに警察や検察に引き渡さなければなりません。必要以上の力で拘束することは違法です。
軽犯罪法 正当な理由なくナイフ、鉄パイプなどの危険物を隠し持つと、刃渡り6cm未満であっても処罰される可能性があります。「正当な理由」とは、社会的に認められる目的(例:料理人が仕事のために包丁を運ぶ、キャンプで工具を持つ)を指します。
2. 状況別ガイドライン
路上での暴行(素手の場合)
許される行為:防御、押し返す、逃げるために必要最低限の打撃。
許されない行為:攻撃者が退いた後の追撃、倒れている相手への攻撃、報復目的の暴力。
家庭内侵入 日本には 「城塞法理(castle doctrine)」はありません。家庭内でも公共の場と同じ基準が適用されます。
許される行為:侵入者の差し迫った攻撃を防ぎ、身の安全を確保する。
許されない行為:侵入者が逃げようとしているのに暴力を続ける。
ナイフや棒(バット等)による攻撃 深刻な危害の危険があるため、強い防御行為が正当化される場合もあります。ただし本当に必要な場合に限ります。
ベストプラクティス:距離を取る、防御・制圧の技術で対応、逃走、110番通報。制圧後の不要な打撃は避ける。
現行犯逮捕 現行犯のみ 対象。必要最低限の拘束を行い、速やかに警察へ引き渡す。
3. Do & Don’t チェックリスト
Do
脅威が差し迫ったときのみ行動する。
攻撃を止めるために必要最小限の力を使う。
危険が去ったら直ちに行為をやめる。
110番通報、証人の確保、防犯カメラ映像の保存。
現行犯逮捕をする場合は速やかに警察へ引き渡す。
Don’t
明確な理由や適切な保管をせずに護身用具を持ち歩く。
復讐のために攻撃者を追いかける。
自宅だからといって無制限の防御権があると誤解する。
4. 警察に伝える言葉(例)
日本語「危険な状況だったので、自分(または他人)を守るために必要な行動をしました。脅威がなくなった時点でやめました。目撃者と防犯カメラの映像があります。」
英語“There was a dangerous situation. I acted to protect myself (or another person) and stopped when the threat ended. There are witnesses and security camera footage.”
→ 自分の行為が刑法36条に基づく正当防衛であり、必要最小限で止めたことを明確に伝える表現です。
5. 日本の正当防衛と護身術|ケーススタディ:横浜の路上での正当防衛

2021年3月、横浜地方裁判所は、日本における正当防衛のあり方を明確に示す注目すべき判決を下しました。
事件の概要
横浜市の路上で起きた事件をめぐる裁判で、70代の男性から先に殴られたために殴り返した60代の男性が傷害罪に問われました。3月19日、横浜地方裁判所(景山太郎裁判長)は、この行為が正当防衛の要件を満たすと判断し、無罪を言い渡しました(検察側は懲役1年を求刑していました)。
この事件は、70代男性が最初に殴り、続いて60代男性が2度殴り返したことにより、70代男性が転倒して外傷性くも膜下出血などの傷害を負い、その後死亡したというものです。
では、なぜ60代男性は無罪となったのでしょうか。裁判所がこの行為を「正当防衛」と認めるに至った判断のポイントを見ていきましょう。
事件
2020年2月のある夕方、60代の男性Aさんは仕事を終えて帰宅する途中、横浜市内の狭い歩道を歩いていました。反対方向からは、酒に酔った70代の男性Bさんが歩いてきました。その歩道の幅はわずか1.6メートルしかなく、さらに道路標識が設置されていたため、通行の余地は非常に限られていました。
2人がすれ違う際に体が触れそうになったその瞬間、Bさんが突然Aさんに向かって怒鳴りました。「何だこのやろう!」
不快に思ったAさんは立ち止まり、低い声で「何?」とだけ言い返しました。すると1秒後、BさんはいきなりAさんの顔を強く殴りつけました。Aさんは後ろによろめき、鼻から血を流しました。
反射的に、Aさんはポケットから両手を抜き、すぐさま反撃に出ました。まず左手でBさんの顔を殴り、その直後、Bさんが倒れかけた瞬間に右手でもう一発を加えました。Bさんはそのまま歩道に倒れ込みました。
衝撃を受けたAさんは、倒れたBさんの体を歩道上に移動させ、自分の携帯電話から110番通報を行 いました。
残念ながら、Bさんはその後死亡しました。
争点
この裁判の中心的な争点は次の点でした。
Aさんの行為は「正当防衛」と認められるのか?
刑法36条1項:「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」
裁判
検察はAさんを傷害罪で起訴し、さらに「傷害致死」への訴因変更も検討しました。検察側は、Aさんが2度殴り返したのは過剰であり、純粋に正当防衛の意思によるものではなかったと主張しました。
しかし、裁判所はこの主張を退けました。防犯カメラの映像や医療記録を精査した結果、Aさんの行為は刑法36条に基づく正当防衛の3つの要件をすべて満たしていると判断しました。
急迫性:Bさんが先に殴っており、その危険は明確に終わっていなかった。
防衛の意思:たとえAさんが怒りを感じていたとしても、主たる行動は防御であった。
相当性(比例性):Aさんの反撃は鼻血が出るほどの攻 撃を受けた直後に瞬間的に行われたものであり、過剰とは認められなかった。
こうして裁判所はAさんに無罪を言い渡しました。
事件からの教訓
日本では、不意に攻撃を受けた場合、たとえ強い反撃であっても正当防衛が認められることがあります。
また、脅威が現実に存在し続けている状況であれば、怒りの感情が伴っていたとしても正当防衛の成立を妨げるものではありません。
比例性(相当性)は非常に重要です。Aさんは攻撃者が倒れた時点で行為をやめ、自ら警察に通報しました。これは、彼の行動が報復ではなく防御の意思によるものであったことを示す重要な要素となりました。
さらにこの事件は、検察が裁判で正当防衛の境界線を試すことが実際にあることも示しています。そのため、自分の行動を明確に説明できるようにすること、そして速やかに通報することが極めて重要なのです。
なぜ重要か
この事件は、日本の裁判所が法律をどのように解釈するのかを鮮明に示しています。即時性・必要性・均衡性この3つのポイントが、Aさんの自由を決定づけました。
市民にとっての教訓は明確です。
攻撃を受けたら、ためらわずに自分を守ることができる。
しかし、危険が去ったら直ちに行為をやめなければならない。
そして、すぐに110番通報すること。
これらを実行することで、自分の行動は日本の法律の保護のもとに置かれるのです。
6. ミニFAQ
Q: 護身用にナイフを持ち歩けますか?A: ほとんどの場合、不可。小さな刃物でも正当な理由なく所持すれば違法となる可能性がある。
Q: 催涙スプレーやスタンガンは?A: 刃物のように明確に禁止されてはいませんが、正当な理由なく隠し持つと軽犯罪法に抵触する可能性があります。
Q: 攻撃者が逃げた場合、追いかけてもよいですか?A: 現行犯逮捕の目的に限られます。脅威がなくなった後に追撃すれば、逆に加害者と見なされる危険があります。
Q: 夜中に侵入者が来たら?A: 同じルールが適用されます。差し迫った脅威を止めるためだけの行動をし、脅威がなくなれば中止する必要があります。